2018-09-14

・ペルセ通信 その4 新保圭子

  


 「作品について」 新保圭子


 こんにちは、新保圭子です。

 まずは7月のアトリエ公演でやった、モーパッサンの「扁舟紀行」についてちょっと反響がありましたので、あれこれ書いてみます。
 この文章は発狂前のモーパッサンが、愛するヨット「ベラミ号」で漂いながら書いた散文の一節らしいです。
ヨットで思い出すのは、実家がある新潟の信濃川の河口には、20年前はたくさんのヨットが停泊していたことです。ヨット乗りの知り合いが、「これ新潟の人たち気づいてないけどすごいことなんだよ。こんな風景はめったに見られない。だけどもうすぐ泊められなくなるんだ。」と残念がっていました。
今でもあのたくさんのヨットの中に、ベラミ号とモーパッサンを見つけることができそうな気がします。







 話を戻してこの作品に出会ったのはシューレ生の頃、たまたま装丁がきれいで手にとった永井荷風の訳詩集「珊瑚集」のなかに見つけました。荷風が生涯何度も手を入れたという「珊瑚集」は、私の大切な本になり、「扁舟紀行」はそれ以来私の生きる糧となりました。
 
「新しき芸術に身を委ねるものは、全力をあげてこの五個の(幽閉せされし感覚の)かんぬきを抜きとらんと試みつつあるなり」

 私はオイリュトミーをやっているけれど、この先にあるものは一体何なんだろう。自分を変容させ続けると、その先に新しい表現があるに違いないという確信。


「官能は、宇宙と不可解との間にたつ唯一の紹介者ならずや」

 身体は宇宙認識の道具である、と私は解釈しました。そのひとつに封印を解いていくというのがあります。それはときに自分の無意識という社会に対して向き合い、自由になることでもあるようです。思い込みというのは社会の掟であったりもするから。そして封印することによって守られていたものが解き放たれたら、そのことを自分が引き受けなければならない。かんぬきを抜きとるというのと重なります。


 そして7月の公演後、いくつかのことばについての示唆をいただいたり、8月にはリルケの「薔薇の内部」の朗唱をさせていただき、新しい課題を持つことができて感謝です。






「この憂いなく開いた薔薇の内海に 映っているのはどの空なのだろう」

 今まではそのことにはあまり興味がなかったのです。でも今回、リルケに少しでも近づいて、少しでもその言葉をわかりたいと思いました。自分なりにですがその世界観の中に入り、すこしその世界を生きることができた気がしました。身体ごと存在ごと、というのが作品づくりの醍醐味かなあと思います。

 身体表現だと、そういうわかってやる部分と、わからないけど表出されるものがあるようです。「宇宙と不可解との間に立つ官能」って、「わかったときの素晴らしさ」と勝手に思っていたけど、そうではないのですね・・・うん、そうではないのです。


 ところで次なる作品を、「古事記」と思って始めました。初めてちゃんと向き合いましたが、日本は今もこの中にいるという直観を持ちました。というかこれ、日本そのものなんじゃないかと思います。そして聖書の黙示録にあたる未来の予言が古事記にはない。でもずっと古事記は更新され続けています。そして未来、どう更新してゆくのか、一人ひとりにゆだねられています。というか神様たちは待っています。だれかが引き受けてくれるのを。

 古事記について、いろいろ思うところ、発見など、いつか機会がありましたら発表したいと思います。なにしろ難航してますんで(大汗)


それではまた!


 

2018-09-05

・オイリュトミーの現在 Vol.7



7月、8月に続いてのアトリエ公演
次回は天使館での開催です!


ペルセパッサ・オイリュトミー団
アトリエ公演
「オイリュトミーの現在Vol.7」





2018年 10月
20日(土)19:00
      21日(日)14:00 & 18:00
天使館
入場料2,500円

各回定員30名
予約受付中!


080-5877-6887



ブログ右の連絡フォームをお使いいただけます。
・お名前
・メールアドレス
・メッセージ欄に、日時、枚数を記入し送信してくださいませ。

折り返しご予約完了メールをお送りいたします。


各回定員30名となります。
定員になり次第締め切りとさせていただきますので、早めのご予約をおすすめいたします。
未就学児の入場はご遠慮くださいませ。


メンバー一同心よりお待ちしております。






2018-09-04

・オイリュトミーシューレ天使館第6期生募集要項



1991年に開校した日本で最初の4年制のオイリュトミー学校、オイリュトミーシューレ天使館は 2019年秋に第6期が開校します!
ペルセパッサ・オイリュトミー団もここで学びました。
第6期生の募集が始まりました!


開校は2019年9月です。



オイリュトミーシューレ天使館 第六期生募集要項 
代表:笠井叡

今、出来ることは、文化・芸術・教育・ 政治・治療等のすべてを、新たに創造するための、新地平に立つこと。
カラダが変れば、世界が変る。
オイリュトミーシューレ天使館はそのためのあらゆる身体技術・身体作法・情報を、日々新たな鉱脈を掘り続けている講師によって、おしみなく提供いたします。



・就学期間:2019年9月から2023年7月(4年間)
・授業日:月曜日から金曜日までの週5日
 時間:18:30~21:30 (水曜は22時まで)
 春・秋・冬休み(各2週間)、夏休み(5週間)
・学費:50万円/年(分割可・ご相談下さい)
・入学金:10万円(入学決定時に納入)
・学校所在地: 東京都国分寺市西元町3-27-9
・電話・ファックス:042-307-9758



授業内容 :

【言語オイリュトミー】
言葉の響きと身体の結びつきを学びます。

【音楽オイリュトミー】
音楽と身体の結びつきを学びます。

【発声法】
呼気・吸気と身体の結びつきを学びます。

【言語形成】
日本語とドイツ語による言語形成。

【日本語文法】
現代日本語・古文を構成している文法 の基礎と身体の結びつきを学びます。

【音楽理論】
楽譜の読み方の基本から和音の解析までを学びます。

【床バレエ】
パリ・オペラ座のバレエ団で実践された踊るための基礎 をつくる、床に仰向けになっておこなうトレーニング。

【ルドルフ・シュタイナーの著作の読書会】
座学形式で進めていく授業です。

【ペルセパッサ・オイリュトミー団メンバーによる特別授業】
【ゲスト講師を招いての特別授業】
*これまでお招きしたゲスト講師:
高橋巖氏  ミヒャエル・レーバー氏 ウタ・ディートリクセン氏
マリア・ピア・ドラッツィ氏  サマンタ・マレンツィ氏
今期もさまざまな分野で活動されているゲスト講師を 国内・海外より迎えて特別授業を開催する予定です。



お申し込み:

履歴書一通・なぜ入学を希望するかに関する文章一通を添えて、メールあるいは郵送でお申し込み下さい。
メールアドレス:dance@akirakasai.com
郵便: 185-0023 東京都国分寺市西元町3-27-9 天使館
後日、天使館においての面接日をお知らせいたします。
*申込期間2018年9月1日から2019年7月31日まで。
問合せ: メールアドレス:dance@akirakasai.com
電話・ファックス:042-307-9758 (天使館)




オイリュトミーシューレ天使館

オイリュトミーシューレ天使館は、1991年にオイリュトミスト・ダンサー・振付家の笠井叡によって設立された4年制のオイリュトミー学校です。
これまで多くの修業生がここでオイリュトミーを学び、卒業後にオイリュトミーの舞台活動はじめ、ダンスの舞台、ワークショップ活動、教育現場で活躍しています。
オイリュトミーシューレ天使館では、オイリュトミーの身体技法の全てのエッセンスと現代の時代に求められる身体論的知識と技術、舞台活動を展開していくための基礎的な知識を、4年間の就学期間を通して総合的に学んでいきます。
所在地は歴史と文化の香り溢れる街・東京都国分寺市です。近くには全国の名水百選に指定されている「お鷹の道・清流遊歩道」があり、都名湧水の「真姿の池」、「東京都立多摩図書館」などがあります。


講師プロフィール

笠井叡 
1943年三重県生まれ。
60年代に土方巽、大野一雄等と親交を深め、数多くのソロ舞踏公演を行う。
71年に天使館を設立し、数多くの舞踏家を育成する。
79年から85年までドイツに留学。ルドルフ・シュタイナーの人智学とオイリュトミーを研究。帰国後、日本各地でオイリュトミー・ワークショップを行い、91年にオイリュトミーシューレ天使館を開校。またダンス公演も精力的に行い、これまでに大野一雄、大野義人、木佐貫邦子、伊藤キム、荻野目慶子、高橋悠治等と共演。またファルフ・ルジマートフ、白河直子、黒田育世をはじめ、多くのダンサーに振付を行い、ヨーロッパ各国、アメリカでも作品制作を行う。 
著書に『天使論』『神々の黄昏』『聖霊舞踏』(現代思潮社)『カラダという書物』『カラダと生命』(書肆山田)『金鱗の鰓を取り置く術」(現代思潮新社)、写真集に『銀河革命』(現代思潮新社)、『透明迷宮』(細江英公共書・平凡社)等がある。 2013年に芸術選奨文部科学大臣賞(舞踊部門)を受賞。(公式HP:www.akirakasai.com) 


笠井禮示 
1973年東京生まれ。
小学校の6年間をドイツのシュタイナー学校に通いオイリュトミーと出会う。
ドイツ・シュトゥットガルト・オイリュトメウム卒業。
1997年よりオイリュトミー公演活動およびオイリュトミーシューレ天使館の講師を務める。これまで日本国内を中心に、イタリア、ドイツ、スイス等で作品を発表。2004年にペルセパッサ・オイリュトミー団の設立に参加。またAKIRA KASAI DANCE COMPANYのダンサーとして国内外の数多くのダンス公演に出演してきた。2016年より神奈川県の藤野シュタイナー学校高等部のオイリュトミー講師も務めている。 
(公式ブログ/笠井禮示オイリュトミー:http://reiji-eurythmie.blog.so-net.ne.jp/


ペルセパッサ・オイリュトミー団 
オイリュトミーシューレ天使館を修了した卒業生を中心に2004年に結成。
日本各地で精力的にオイリュトミー公演活動を展開している。
ペルセパッサとは、ギリシア神話の女神ペルセポネの古い呼び名。母デメテルと平和に暮らしていたペルセポネは冥府の王ハーデスに見初められ、攫われてしまい、そして妃としてハーデスの心臓の中に幽閉された。アンサンブル名は「閉じ込められた心臓の内側から、自分の力で突き破って外に出て来い」という思いから笠井叡によって命名。現在のメンバーは、浅見裕子、鯨井謙太郒、塩月伊作、小松宏佳、定方まこと、新保圭子、野口泉、原仁美、桑原敏郎、寺崎礁、笠井禮示。 
(公式ブログ:https://persejapan.blogspot.jp)



天使館への行き方:





2018-08-26










ペルセパッサ・オイリュトミー団へ





ギリシャ神話の植物的生命の神である
デーメーテルの娘ペルセポーネが
冥府の王ハーデスに黄泉の国に連れ去られて以降
限りない生命の高揚と死は
完全に表裏一体の関係となった。
バタイユ風に言うならば
死を超えてなお
高揚し続けるエロティシズムの
限りない振り子運動が
人間のカラダの中の生命のリズムとなった。
このペルセポーネの古名である
「ペルセパッサ」
の名を冠するこのオイリュトミー団は
この生死の振り子運動を
これからも限りなく
この日本の土壌に響かせ続けるだろう。



笠井叡







2018-08-25

・ありがとうございました。




24(金)のペルセパッサ・オイリュトミー団アトリエ公演Vol.6

厳しい残暑の中をご来場いただきありがとうございました。

いつもみなさまに支えられていることを心より感謝いたします。



ご意見、ご感想がおありでしたらブログ右下の問い合わせフォームよりお寄せ頂ければ幸いです。



これからも精進してまいります。



ペルセパッサ一同





























2018-08-16

・オイリュトミーの現在 Vol.6




ペルセパッサ・オイリュトミー団
アトリエ公演
「オイリュトミーの現在Vol.6」
開催!






2018年 8月 24日(金)
16:00  19:30 2回公演
KFまちかどホール
入場料2,500円(高校生以下2,000円)


予約受付中!


persejapan@gmail.com
080-5877-6887



ブログ右の連絡フォームをお使いいただけます。
・お名前
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・メッセージ欄に、16:00 or 19:30、枚数
を記入し送信してくださいませ。

折り返しご予約完了メールをお送りいたします。


各回定員30名となります。
定員になり次第締め切りとさせていただきますので、早めのご予約をおすすめいたします。
未就学児の入場はご遠慮くださいませ。


メンバー一同心よりお待ちしております。






2018-08-10

・ペルセ通信 その3 笠井禮示




「思考力を通して生命は知覚できるのか?」  笠井禮示



難しそうな題名になりましたが、タイトルに反比例して中身は難しくないので一読していただけたら幸いです。

生命は見ることも触ることも出来ません。しかし自分の呼吸や、心拍、熱、ありとあらゆる身体感覚に注意深く意識を向けると、自分が生きているという実感と、生命力に包まれているという予感を持つことが出来ます。
自分が生きているという実感とは、自分を「確かな存在」として感じることですから、今度は自分の周りに生命的な予感と存在に出会いたいという要求が自然と生じます。
逆にもし自分が生きているという実感や、生命力に包まれているという予感を持てなかったら、自分の存在は「不確かなもの」としか思えず、周囲の生命的な予感や存在にも盲目的になってしまうかもしれません。
ウチには二匹の猫がいますが、彼らは年がら年中、お互いにジャレ合ったり、ペロペロと舐め合ったりしています。その様子を見ていると、猫のように生命ある存在は、確かに自分の周囲に生命的なものを求め、その存在と共存していきたいという欲求が本能的に備わっているのだなと感じます。


「人間は一人では生きていけない」という言葉をよく聞きます。
誰の助けも借りず、たった一人の力で生きているように思えるゴルゴ13も、彼に仕事を依頼する依頼人がいなければ、食っていけません。つまりゴルゴ13と言えども、他者という生命存在があるから生きていけるのです。彼は他人の生命を奪うのが仕事なので、なんとも矛盾した話ですが。
たった一人で無人島に流れ着いたロビンソン・クルーソーも、周囲に人間はいませんでしたが、生命溢れた豊かな自然界があり、その恵みを受けて生き延びることが出来ました。
生命あるものが生命を求めるのは、生命のもつ特徴です。






シュタイナーは、人間が自分の内にも、周囲にも、生命的な存在や活動を求め、知覚しようとする力は、思考の持つ大切な力だと述べています。
そのような思考の捉え方は、一見、ピンと来ないかもしれません。「思考型」と言った場合、どこか「冷徹」、「沈着」というようなイメージがあり、生命的な躍動感からは遠いと思ってしまうからです。
しかしシュタイナーは「思考とは単に理解して環境に適応する力ではない」とした上で、幼児期における人間の思考力が、思考力として意識上には現れず、その力を肉体の形成に作用させている、と述べています。肉体の形成がある程度完成すると、人間は、今度はその同じ力を思考する力として意識するようになります。ですから思考力は最初に、「生命の形成力」として人間に備わって現れるのです。そして思考そのものは、生命的な力にあふれています。幼児期においては、その力が肉体の形成に作用します。
では肉体が完成した成人においては、「思考における生命の形成力」は知覚出来るのでしょうしょうか?
例えば、私が「星」について思考を巡らせたとします。この時、星は「思考内容」であって、思考力そのものではありません。しかし星という思考内容を取り巻いて、考える力は思考力と呼べるでしょう。そして、その「作用全体」を引き起こしている力は、生命力なのかもしれません。こうして考えると、思考力と生命力は結びついた力であるような予感が持てます。
もし私たちが「思考内容」を持たずに、思考力そのものを捉えることが出来たら、直接に「生命の形成力」を知覚出来るかもしれません。

例えばオイリュトミーにおいて、音や和音やフォルムを記憶している過程では、頭をフル回転させて、必死に入ってきたものを繋ぎ止めようとしています。この時、「記憶する対象」は頭の中を「出たり入ったり」します。私たちはそれを必死に繋ぎ止めようとしています。この段階では対象は、まだ「完全な思考内容」にはなりきれず、いわば「未来の思考内容」です。なぜなら対象が「出入り」を繰り返している間は、まだそれが自分の中にしっかりと定着しておらず、冷静な思考内容として建設的な思考作業に取り込めないからです。
むしろこの段階の私たちは、思考しているよりも、頭の中に入ってきた対象を必死に繋ぎ止めようと苦労しています。そしてやがて「無我無心」の状態になります。
そこでは時間の流れや、巷の騒音など一切の外界を遮断し、自分の内的な能力の全てを総動員して、「記憶する対象にのみ」向かい合っている状態になります。
この瞬間の身体感覚に細心の注意を向けてみると、「思考における生命の形成力」に直接触れていると同時に、「未だ思考内容に染まっていない純粋な思考力の姿」と出会っていると予感出来ます。
このように「記憶しようとする行為」は思考内容と結びついた思考とは別の、「生命の形成力」に満ちた思考の姿を見せてくれます。この力は、かつては肉体の形成を担っていましたが、今度は「記憶する対象」から「思考内容を形成する力」として、人間の内で作用します。「記憶すること」とは「思考内容を形成する」ことなのです。
シュタイナーは「記憶する行為は生命力を活性化する」と述べましたが、逆に私たちが記憶することを放棄した瞬間から、年齢に関係なく「人間の老化」が始まるとも言います。
ですから一回でも多く、この体験を繰り返していくことが、自分自身を新鮮に保つ最高の方法です。これを繰り返すと「記憶しようとする」ことが、苦労ではなく、生命力に直結した行為であることが、かなり明確な身体感覚を伴って自覚するようになります。記憶出来るかは問題ではありません、記憶しようとする意識が大切です。ただしオイリュトミーを目指す場合は記憶しないと困ります。なぜならオイリュトミーは次の段階から始まりますから。
オイリュトミーでは以上の段階を経て、「思考内容にまで高めた対象」をさまざまなものと結びつけて動きます。意志・感情・思考の人間の三分節と結びつけて動いたり、発声力や呼吸と結びつけたり、作品製作で言えば、「磨きをかける作業」ということです。これは「思考内容」を更に次の段階に引き上げる作業です。






ギタリスト・コンポーザーのスティーヴ・ヴァイの次の言葉は、ある対象を血肉化するまでのプロセスを非常に興味深く語っています。

「曲を覚える時は、さまざまなプロセスを経験します。まずは技術的な部分です。弾くべき内容を記憶しなければなりません。覚えようとする作業を何度も繰り返し続けます。すると、その対象を認識するようになります。そのまま暫く経つと、次は弾き方なんて考えなくてもいい状態に入ります。最初は技術的なものを意識しなければならなかったのに、考えるということが邪魔になるという訳です。
自分が弾いているものを認識するというのは、物事を考えている状態とは全く違います。「考える事」は「認識する事」の妨げになるのです。「考えるべき」ではなく「認識すべき」です。弾いているものを認識するようになると、プレイの本質にどんどん近付きます。そうすると、感情を投入する事が出来るようになります」
(2013年来日時)

この言葉は、「記憶した対象/思考内容」の次なる段階は、それを「認識の対象」にまで上げることだと述べています。さらに表現行為における「感情移入」は、かなりのプロセスを経たのちに取り掛かかれる行為であることが分かります。

シュタイナーは全く同じことを述べています:
「Erst denken. Dann Wahrnehmen(まず思考する。そして認識する。)」
「オイリュトミーは覚えたところから始まる身体運動」ですが、このシュタイナーの言葉は、
前半「Erst denken/まず思考する」は「オイリュトミー以前」、
後半「Dann Wahrnehmen/そして認識する」は「オイリュトミーの始まり」
と言えるかもしれません。

では認識することがオイリュトミーの始まりとはなんでしょう?
私たちは「思考における生命の形成力」を通して「記憶する対象」から「思考内容」を形成します。しかし思考内容が思考内容に留まっている限り、それはオイリュトミーを動く力にはなりません。ある一定期間、「思考内容」に対して思考を深めたのち、それを再び「生命力」と結びつける必要があります。
「思考内容の生命化」は思考内容を思考の領域だけではなく、人間の身体のあらゆる能力、とりわけ「発声力と呼吸」、「聴覚」と結びつけることによって生命化します。「思考内容」はこの時、氷が溶けるように徐々に溶解して、全身にくまなく行き渡り、「生命化した身体感覚」として姿を変えます。その新たな身体感覚を知覚することこそ、オイリュトミーにおける認識行為と呼べそうです。







2018-07-22

☆ありがとうございました!



20(金)のペルセパッサ・オイリュトミー団アトリエ公演Vol.5
倒れそうな暑さの中をご来場いただきありがとうございました。
あたたかいまなざしの中、無事に幕を閉じられたことを心より感謝いたします。

ご感想、ご意見がおありでしたらブログ右下の問い合わせフォームよりお寄せ頂ければ幸いです。

これからも精進してまいります。

ペルセパッサ一同

























2018-07-13

・ペルセ通信 その2 原仁美




「ひこ星群舞」   原仁美 



 笹の葉に短冊を掛けて星に願う。
織り姫とひこ星が出会えたから願いも叶う。子供のとき、そんな気分にほんのり包まれて夜空を見上げる。

 夏休みに祖父母の家に行くと、お仏壇にお盆のお供えがしてあり、ほおずきが挿してある。毎朝、小さな器にご飯とお水をよそい仏様にあげる。お盆祭りの夜、大人たちは酒をのみ子供たちはその上機嫌のおこぼれに授かる。

 茅葺きの屋根に草が生えている。蝉のごった返したような音の反射の中に川のせせらぎが聞こえている。川遊びに背丈を越える草の嵐を抜けると、水面は私たちのはしゃぎ声とともにきらめき、水の中はひんやりとしていて足の裏がこそばゆい。河原に腰をおろしおにぎりをほおばる。

 石が冷たく光り疲れた体をどこかへ連れていく。


 穴に落ちていく……





 大人になって折々の行事からは遠去かり、矢のような陽光から逃れるように稽古場の扉を開ける。様々な体が視界に入ってくる。あいさつをしながら迎え入れられているのか、迎え入れているのか……。1日の疲れた体を引きずるようにたたずみため込んだ息を人知れず吐き出す姿、しなやかな肢体を気持ち良さそうに可動域一杯にストレッチしている形、黙々と今日の課題を反復している動き、その人たちがどんな今日を生きてここに辿り着いたか、その汗にどういう食事の塩分を蒸発させているのか、幼少期の夏の思い出はどのようなものか、何も知らない。

1.2.3.
せーのー
音楽や言葉とともに呼吸を合わせる。 
メンバーの何かの文に「……群舞はソロより客観的……」というくだりがあった。フムフムそうだ、と思い納得したもののそれ以来、群舞はなぜ客観的なのだろうという考えが時折り頭をよぎる。群舞の稽古は新しい自分に出会える。また新しいメンバーの一面が私に開かれる。大きな露骨な癖はつどつどお互いに注意しあえる。ソロだと、思い込み、独りよがりは修正されないままだ。思いのままに執着のままに踊ると多くの観る人たちが受け入れられなくなる。私はかなり思い込みが激しく、このような文章にも他者の目を意識していなければ通じなくなる。例えて言うなら、小さいお皿を「小人のお皿(お皿自体が小人)」と呼ぶが、そのまま書いたらたちまち何のことかわからなくなってしまう。踊りだと、一生懸命になればなるほど、他者から見ると「なぜお尻をつき出して踊るのか?」という疑問を持たざるを得ない動き方をしているのだ。

群舞稽古において、あちこちに自分が現れる。その自分は他者を通して出現する。他者が私をわからしめてくれる。「こんにちは」新しい自分。それまでの主観は沢山の私と出会うことで、夜郎自大に気付く。世界が広がる。 

新しく世界が広がった者同士、その間の空間を、空気を作品の持つ雰囲気に変えながら作っていく。享受し踊っているだけでなく能動的に意識を共通に持ち、動きができてくる。個々の動きが磨かれつつも協動する。誰かが私の目の代わりになって言葉にして伝えてくれ、私は誰かの目の代わりになって伝えるべき言葉を探す。以前、メンバーのひとりがまごまごしてなかなかうまく動けないでいる私に、

「呼吸をしっかり取って、大きく吸ってみるといいんじゃない?」

と言ってくれたことがあった。その人は客観的に私を見てそう伝えてくれているのだから素直に聞けば良いものを私は素直になれなかった。だって、息きつくてもう吸えない……。そしてちょっとだけ吸ってみる。今なら、呼吸の深いその人と比べて嫉妬している場合じゃない、呼吸の浅い私でも、その方向に努めれば変化すると、以前の私に言ってあげられる。そのメンバーは常にからだに向き合い努力を怠らない。一夜にしてできているわけではない。

あるいは自分だけなら挑戦しない、限界を超えさせてくれることもある。複数回の出番、でかいのに小鳥の役、想定外の連続だ。上背のある私は木の役を想定して筋肉痛でもプルプルしないようにと心の準備をしていたが、なんと小鳥!、ダチョウにならぬように気を付けた。前に小鳥たちを踊った人たちを見ていた事が功を奏し真似できていたようで、観に来てくれた友人たちに珍しく褒められた。 

何度も稽古場で稽古を重ねていくうちに、どのメンバーも私の知らない世界を持ち、自慢することもなく、働きかけてくれていることを知る。メンバーに助けられ横柄な私を我慢してもらい続け、これは副産物としか言いようがないがしきりと感謝の気持ちが芽生え、少しは性格も良くなるらしい。

こぶとり爺さんが無心に踊ると鬼たちが喜び次回の約束の担保にこぶを取っていくように、稽古の過程で次第に個々のこぶが取れ1つの織り物として作品が成っていく。露を含んでいるかのような毛穴が一斉にまばたきをする。軽く湿度を共有しながら全く別の個性が合わさっていく。

暑い稽古場がひとしきり煮えくり返る。私の頭がどこにあるのかわからなくなる。

 一息ついて共に休む。白い風がなでると一肌一肌ひらいていくような解放感がそよめきはじめる。

感じているのは内と外をつなぐ通路・プロムナードのようなところだろうか。

 誰もがひこ星に見え、集うと織り姫に出会える。つむぎ出されていく音と体と場。快感な群舞の誕生。











2018-07-12

・オイリュトミーの現在 Vol.5





ペルセパッサ・オイリュトミー団
アトリエ公演
「オイリュトミーの現在 Vol.5」


2018年 7月 20日(金)
16:00  19:30 2回公演
KFまちかどホール
入場料2,500円(高校生以下2,000円)


予約受付中!


persejapan@gmail.com
080-5877-6887



ブログ右の連絡フォームをお使いいただけます。
・お名前
・メールアドレス
・メッセージ欄に、16:00 or 19:30、枚数
を記入し送信してくださいませ。

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各回定員30名となります。
定員になり次第締め切りとさせていただきますので、早めのご予約をおすすめいたします。
未就学児の入場はご遠慮くださいませ。


メンバー一同心よりお待ちしております。



2018-06-15

・ペルセ通信 その1 桑原敏郎




「ラ・カンパネラ」   桑原敏郎


 去年からペルセパッサに参加することになりました桑原敏郎です。
定方さん、新保さん、寺崎さん、原さんたちと同じ天使館シューレの第2期生です。

 8月24日の「オイリュトミー現在Vol.6」では、リストのラ・カンパネラを踊ります。
稽古をしている最中に気づいたことや、今感じていることを書いてみたいと思います。

 ラ・カンパネラはリストの超絶技巧の作品で、音階が圧倒的に多く、しかも嬰ト短調(G#/A#/H/C#/D#/E/F#)という#記号の多い調です。さらに経過音としてG##/H#/C##/E#/F##などもたくさん出てきます。それをこの曲はかなり速いテンポで上がったり下がったりします。
 タイトルのcampanella というのは「鐘」という意味で、確かにたくさんの小さなベルがせわしなく鳴り響いている感じがします。
この曲を聴くと、イタリアかどこかの宮廷でピエロが、小さな鈴をたくさん道化服につけて、戯れに滑稽なダンスを踊っている姿が浮かんできます。




 
 この曲を「見える音楽」としてやる場合、見所はやはりその音の過剰さになるかと思います。しかもピエロのイメージがあるので、取りきれない音を必死でとろうとして道化のようにあたふたしている、という感じです。
 そんな演出を漠然と考えていたのですが、いざ音階を覚え始めたときの感覚は、100個近い電話番号をランダムに覚えていかなければならない。そんな気分でした。しかもオイリュトミーでは、#の音階は腕を返して肘から先を曲げてとるので、頭で音列を覚えても実際に腕で音階をとれるようになるには時間がかかります。
 ところが不思議なもので、長い曲を短い部分に分け、繰り返して何回もやっているうちに、「あ、できた!」という瞬間が来ます。「こんなにたくさんの音階をこの速さでできるはずがない」などと思っていたものができるようになる。この瞬間が無上の喜びです。その喜びが次の部分を克服する活力となって、その次の部分もやがて「あ、できた!」となる。
 これを繰り返していくと曲の流れをある程度辿れるようになって、最初は間違えてストップするところが多いのですが、やがてその間違いやすいところも少しずつ克服されていきます。そして音階の方はこの間やっと全曲を覚えることができました。



 

 ところで、今回のような音楽オイリュトミーの作品をやるときは、こうしてまずフォルムや音階を覚えたあと、その動きを何度も反復して練習します。この段階では記憶する力がフル回転で働いています。
 ちなみに西川隆範『シュタイナー用語辞典』を見てみると、「記憶はエーテル体を道具とし、エーテル体は記憶の担い手である」とあります。また「子供の成長力が記憶力に変化する」ともあります。(エーテル体を生命体と呼ぶことがありますが、その方がイメージしやすいかもしれません。)
 練習をしているときには、フォルムや音階の動きを反復することで記憶力をフルに働かせているうちに、このエーテル体が活性化されてくるのではないかと思います。そして子供を成長させるときに働くような生命のエネルギーが目覚めてくる。
 似た感じでいうと、ベートーヴェンのピアノ曲やシンフォニーの高揚感に溢れた盛り上がりの部分を聞いて、「わあ、すごい」と幸福感に浸っているような感じでしょうか。そういう力強い音の響きが体の奥底から轟いてくる感じがします。まあそれが理想ということですが…。
 
 ラ・カンパネラのような音数の多いむずかしい曲をやるときは、最初はなかなかうまくいかなくて、「これだけの音階を覚えることに何か意味があるのか」とか、いろいろネガティブなことを考えてしまいます。ですから、私の場合、練習を始めるまでがひと苦労で、重い腰を上げるまでは逃避の連続です。
 ところがいったん練習を始めて繰り返し同じことを練習しているうちにだんだん夢中になっていきます。やがて自分の中の記憶力がフル回転してくると、知らないうちに興奮状態になってきます。そして気がつくと勢いよく音階をとっていたり、フォルムを動いたりしていて、「始める前は結構疲れていたのに」などと思うことがあります。少し生命力が湧いてきたような感じです。
 記憶力を総動員してとにかく繰り返し動作を反復する。オイリュトミーはうまくできているなと思いました。これこそ生命力を起動する確実な方法だからです。
 しかし音階とフォルムを覚えたと言っても、まだこれからそれを一つの音楽的な流れとしてまとめていかなければなりません。さらにそれを「踊り」として見てもらえるようなものにしなければなりません。その作業がすべて終わったとしても、全曲を間違えずに通せる確率を上げて100%まで持っていかなければなりません。
 
 考えていたら気が遠くなってきました。
8月の本番に間に合うことを祈るばかりです。
これから少しずつでも克服していけたらと思います。まだ先は長そうです。





                                        ~ 次回のペルセ通信は7月。原仁美が担当します。




2018-05-26

・アトリエ公演 「オイリュトミーの現在 Vol.5」開催決定




「轟!Go Roll Over Beethoven」の東京・仙台公演以来の、ペルセパッサ・オイリュトミー団の公演が決まりました。


ペルセパッサ・オイリュトミー団アトリエ公演 「オイリュトミーの現在 Vol.5」



どうして突然Vol.5かと申しますと、
ペルセパッサ発足当時の2004年から4回のアトリエ公演がありました。
そこから長らく機会を得られなかったこのアトリエ公演という形を復活させ、今後定期的に続けていくことにしたからです。

私たちの活動をもっと身近に、もっと多くの機会に、より沢山の方に見ていただきたいと感じております。

4回目から引き継いでの、
ペルセパッサ・オイリュトミー団アトリエ公演「オイリュトミーの現在 Vol.5」開催です。



2018年 7月20日(金)
国立KFまちかどホール
16:00 19:30 2回公演
前売り2500円 当日3000円

予約・問い合わせ




出演者やプログラムの詳細は、facebookやtwitter、当ブログ、チラシでお知らせしていきます。

アトリエという感じの小さな会場での公演です。
会場は小さいながらも内容は濃く、オイリュトミーの内的空間は大きいです。
ソロや少人数による作品主体になりますが、間近で見るオイリュトミーのよさもあるかと思います。

ぜひお越しくださいませ!




会場への行き方です。


KFまちかどホール   
東京都国立市富士見台1-7-1富士見台第一団地101
machi.info@gmail.com / TEL:042-573-1141




<徒歩>
JR南武線谷保駅北口より5分
JR中央線国立駅南口より20分

 <バス>
JR中央線国立駅南口より
・京王バス(3番乗り場) 「第一団地」下車すぐ
・立川バス(4番乗り場) 「富士見台第一団地」下車すぐ

 <自家用車>
中央自動車道「国立・府中IC」より甲州街道経由10分
近くに有料駐車場あり(富士見台有料駐車場)


お待ちしております!




・ペルセパッサ・オイリュトミー団の成り立ち




ペルセパッサ・オイリュトミー団は、
オイリュトミーシューレ天使館の第二期生と第三期生を中心に、舞台活動を続けているグループである。

オイリュトミーシューレ天使館とは、笠井叡が主宰する四年制のオイリュトミー学校である。
1991年より1995年が第一期。
1998年から2002年が第二期。
2002年から2006年が第三期。




四年間の基礎課程を修了した第二期のメンバーは、
舞台活動をしながらオイリュトミーの学びを深める「フォルトコース」に進み、
シューレの講師である笠井禮示、谷合ひろみも共に活動するようになる。

2年間のフォルトコースを終えたメンバーと笠井叡のオリエンテーションの際、師は提案してくれた。
「集まって稽古をする時間を続けてみよう。」

しばらくするとグループの名前が付けられた。


ペルセパッサとは、ギリシャ神話の女神ペルセポネの古い呼び名である。
母デメテルと平和に暮らしていたペルセポネは、冥界の王ハーデスに見初められ、攫われてしまった。
そして妃としてハーデスの心臓の中に幽閉された。。


「閉じ込められた心臓の内側から、自分の力で突き破って外に出てこい」という思いが込められている。






ここからペルセパッサの歴史が始まる。

時は2004年春。

結成一年目は「オイリュトミーの現在」と名付けたアトリエ公演を連続的に行い、
2005年7月に「鱗粉神話」で最初の劇場公演を行った。
その後、愛知芸術センター・プロデュース / 笠井叡振付によるダンス・オペラ「UZME」にオイリュトミーシューレ三期生と共に出演する。

シューレを卒業した三期生は、二年間のフォルトコースも修了。
2010年「超自己愛」からペルセパッサに加わり、現在のメンバーで活動を続けている。




浅見裕子
笠井禮示
鯨井謙太郒
桑原敏郎
小松宏佳
定方まこと
塩月伊作
新保圭子
寺﨑礁
野口泉
原仁美





・オイリュトミーの歴史とペルセパッサ・オイリュトミー団




 オイリュトミーは20世紀の初頭、ルドルフ・シュタイナーによって提唱された身体芸術です。
当時シュタイナーはヨーロッパ各地で講演会を行なっていました。
後に彼は自らの思想を人智学として樹立しましたが、この講演会の講聴者であった、ある母親が自分の娘の進路相談をシュタイナーに求めたのが、シュタイナーがオイリュトミーを提唱するキッカケになったと言われています。
1911年のある日、母親はシュタイナーの元を訪ね、こう聞きました
「娘は間もなく学校を卒業しますが、彼女は体育や踊りが好きなので、将来、身体運動に纏わる道を考えています。シュタイナー博士の思想は人間の認識論、自然界の認識論など多岐にわたっていますが、この博士の思想を基盤とした運動芸術というものは考えられるのでしょうか?」
母親のこの質問が、シュタイナーが具体的にオイリュトミーを提唱する契機になったと言われていますが、シュタイナー自身はそれよりも以前の1905年か06年ぐらいからオイリュトミーの着想を持っていました。
 その当時、シュタイナーは自分の講演会に参加していたある女性ダンサーに、「自分の講演内容を基盤とした舞踊は考えられるか?」という質問を残しています。女性ダンサーは「出来ます」と答えましたが、シュタイナーは彼女の回答理由ではまだ身体芸術として高めるのには未熟であると考え、この着想は、その時点ではシュタイナーの内で温存され続けられました。
 時は経って、1912年1月に進路相談を受けた母親の娘・ロリー・マイヤー・スミスはシュタイナーから直接、オイリュトミーの稽古を受けます。彼女はオイリュトミー史上最初のオイリュトミストとなり、のちに舞台活動と指導を行なうようになりました。

 1922年には世界で最初のオイリュトミー学校・オイリュトメウム・シュトゥットガルトがドイツのシュトゥットガルトに設立されました。
1924年、この学校に当時16歳だったエルゼ・クリンクがルドルフ・シュタイナーの直接の推薦を経て入学。エルゼ・クリンクはパプアニューギニア人の母親とドイツ人の父親との間に生まれたハーフでしたが、容姿は完全に母親譲りでした。生まれはパプアニューギニアの森林地帯で、幼少期の頃、父親は娘のエルゼだけを連れてドイツに戻りシュトゥットガルトのシュタイナー学校に入学させました。

1924年当時、エルゼ・クリンクはシュタイナー学校の高等部に就学していましたが、シュタイナーにその身体的才能を見込まれ、午前中は高等部の授業に参加し、午後はオイリュトメウムの授業への参加が認められたのでした。
 エルゼ・クリンクはオイリュトメウム卒業後、同校の指導と代表に就任しましたが、1930年代半ばナチス党がドイツの政権を握ると、国内のオイリュトミー活動は一切禁止されました。実際にエルゼ・クリンクがオイリュトメウムで授業をしている最中にナチスのゲシュタポ(秘密警察)の男性2人が乗り込んできたというエピソードも残っています。
エルゼ・クリンクは2人に
「ご覧の通り、今私は授業中なのです。お話は授業が終わったら伺いますから、そこで授業を見学していてください」
と告げたそうです。
ゲシュタポの2人はおとなしく授業を終わりまで見学していったそうです。
エルゼ・クリンクのオイリュトミー活動禁止令は第2次大戦の終戦まで続き、この間エルゼ・クリンクはドイツの軍事工場でパラシュートの製作に従事させられました。
終戦後、オイリュトミーの活動禁止令は解かれましたが、廃墟と化した街ではすぐにはオイリュトミー学校を再建するわけにはいきませんでした。
エルゼ・クリンクは終戦から1960年代まで、シュトゥットガルト近郊のケンゲンという小さな村に身を寄せ、そこに小さなスタジオを建てて、オイリュトミーのワークショップを展開していきました。




1963年には経済的支援者が現れ、戦争で破壊された同地にオイリュトメウム・シュトゥットガルトが再建・開校しました。
この時期にオイリュトメウムに入学したのが、のちに同校の代表となるミヒャエル・レーバー氏ですが、彼はその16年後の1979年に日本で初めてのオイリュトミー公演を行うことになります。

 また、1950年代から60年代にかけては、日本のシュタイナー思想の第一人者・高橋巖氏がシュタイナーを研究するためドイツに留学していた時期とも重なり、文学界では澁澤龍彦氏が著作の中でシュタイナーを紹介し、舞踊界では大野一雄氏、土方巽氏、そして笠井叡が活動を展開し始めた時期と重なります。

 ペルセパッサ・オイリュトミー団の母体となったオイリュトミーシューレ天使館を設立した笠井叡は、この時期、澁澤龍彦氏を通して高橋巖氏と出会います。




 1971年、笠井叡は天使館を設立しました。
多くの若者が連日連夜、自分の身体の修練のために天使館に集い、稽古をし、作品を発表していきました。
すでにこの時期から、言葉と身体の結びつきを探求し、さまざまな角度から光をあてていた笠井叡は、ドイツでオイリュトミーを広めているエルゼ・クリンクとの結びつきを感じており、70年代中期には、エルゼ・クリンクとコンタクトを取るようになりました。




エルゼ・クリンクとの繋がりが出来た笠井叡は1979年にドイツへ渡独し、オイリュトメウムに入学。また同年、日本で初のオイリュトミー公演実現のため、オイリュトメウムの舞台グループのメンバーであったミヒャエル・レーバー氏とゲイル・ラングノフ氏が来日、日本で公演を行いました。
 翌年の80年に笠井叡は日本に残った他の家族をドイツへ呼び寄せ、次男で現ペルセ・メンバーの笠井禮示はこの年、シュタイナー学校に入学し、オイリュトミーと出会いました。
  1981年、エルゼ・クリンクはオイリュトメウムの舞台グループを引き連れて日本に来日し、各地で公演とワークショップを行いました。この来日中、舞踏家・大野一雄氏との出会いもあり、オイリュトメウムではエルゼ・クリンクと大野一雄氏のツーショットの写真が今でも大切に保管されています。
笠井叡は1983年にオイリュトメウムを卒業し、その後2年間は舞台グループに残り、ヨーロッパ・ツアー、アメリカ・ツアーに参加しました。




  1985年にドイツから帰国した笠井叡は、日本各地でオイリュトミー・ワークショップを展開していきました。この当時、笠井叡のワークショップを通してオイリュトミーに出会ったのが、ペルセパッサ・オイリュトミー団の設立メンバーの一人であった谷合ひろみでした。彼女は80年代終盤から90年代初頭の4年間にオイリュトメウムに留学しました。




  1991年に笠井叡は天使館を新たに四年制のオイリュトミー学校として開校し、「オイリュトミーシューレ天使館」と命名しました。
開校式には高橋巖氏、大野一雄氏をはじめ、ドイツからミヒャエル・レーバー氏が招かれ行われました。
入学した第1期生は91年から95年の4年間をここで学び、卒業公演は日本各地の他、ドイツのシュトゥットガルトとハンブルグで行なわれましたが、エルゼ・クリンクはその約半年前に逝去し、この模様を観ることはかないませんでした。




 第1期生の卒業から3年を置き、1998年にオイリュトミーシューレ天使館は第2期生を募集、開校しました。
この期に入学し、現在ペルセパッサ・オイリュトミー団のメンバーとして活動しているのが、定方まこと、寺崎礁、原ひとみ、新保圭子、桑原敏郎です。
またそれぞれ4年間のオイリュトメウム留学を終えて帰国していた谷合ひろみと笠井禮示は、シューレの2期生からオイリュトミーシューレ天使館の講師として携わるようになり、のちに彼らと共に2004年にペルセパッサ・オイリュトミー団を設立することになります。

 オイリュトミーシューレ天使館はその後、第3期生、4期生、5期生と継続的に4年制のオイリュトミー学校として活動していますが、2010年からは第3期を修了したメンバーがペルセパッサ・オイリュトミー団に加わり活動を共にしています。
現在、3期生の修了生から浅見裕子、鯨井謙太郒、野口泉、小松宏佳、塩月伊作がペルセ・メンバーとして共に活動しています。

 オイリュトミーシューレ天使館は、開校以来、1922年に開校された初のオイリュトミー学校のシュトゥットガルト・オイリュトメウムとの結びつきを育みながら歩んできました。
またその歩みは、日本のオイリュトミーの歴史の新時代を切り開いたとも言えます。ペルセパッサ・オイリュトミー団は、この歴史という土台の上に築かれたオイリュトミーの舞台公演グループです。




・ペルセパッサ 公演の記録






2004年8月28 日
「第一回アトリエ公演」
くにたち北市民プラザ




2004年10月31日
 「第二回アトリエ公演」
くにたち北市民プラザ




2004年12月1日~5日
「第三回アトリエ公演・ 告げ口心臓」
天使館




2005年3月6日
「第四回アトリエ公演」
くにたち北市民プラザ




2005年7月7日
「鱗粉神話」
セシオン杉並




2006年3月10日
「疑ふ人は来てみよ」
くにたち市民小劇場ホール




2006年7月11日
「宿神」
国分寺市立いずみホール




2007年1月19・20日
「Elysium」
国分寺市立いずみホール




2007年7月4日
「今、星のカラダが」
仙台市青年文化センター・シアターホール




2007年12月22日
「乙剣伝説」
新潟市音楽文化会館ホール




2008年10月1月
「ヒンメル」
国分寺市立いずみホール



2010年1月28・29日
「LOGOPOLIS」
国分寺市立いずみホール




2010年12月1日
「超自己愛」
国分寺市立いずみホール




2011年4月7日
「春曼荼羅」
国分寺市立いずみホール




2016年12月19・20日
「雪月花」
天使館




2017年1月22・23日
「響身」
天使館




2017年10月25日
「轟! Roll Over Beethoven!」
国分寺市立いずみホール




2017年12月8日
「轟! Roll Over Beethoven!」
エル・パーク仙台 スタジオホール





2018年7月20日
アトリエ公演
「オイリュトミーの現在 Vol.5」
KFまちかどホール





2018年8月24日
アトリエ公演
「オイリュトミーの現在 Vol.6」
KFまちかどホール